特許法の基本的なルール
・出願した明細書は、出願から18ヶ月後に公開され、誰もが内容を確認できるようになる。
・特許権は新しい発明を公開する代償として与えられる。
⇨新しい発明を公開しない特許出願には特許権は与えられない。
新規性とは
・新規性の有無は、クレームで判断される。
・■新規性がある
=今までに公開されていない新しい発明であること
=クレームが今までに公開された発明(先行技術)を含まないこと。
=新規性があると特許権になる可能性がある。(他の要件もクリアしなければ特許権にはならない。)
■新規性がない
=既に公開済みの発明であること
=クレームが今までに公開された発明(先行技術)を完全に含むこと。
=新規性がないと特許権にはならない。
・新規性はクレームと1つの先行技術の対比で判断される(詳細は「新規性判断の具体例その2」参照)。
新規性判断の具体例その1
クレームの内容 | 先行技術の内容 |
【請求項1】 AとBを含むフィルム |
AとBとDから構成されるフィルム (Cは含まない) |
【請求項2】 更にCを含む請求項1に記載のフィルム |
【請求項1】・・・先行技術を完全に含むため新規性無し
【請求項2】・・・先行技術を含まないため新規性有り
新規性判断の具体例その2
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 | 先行技術2の内容 |
AとBとCを含むフィルム | AとBから構成されるフィルム | CとDから構成されるフィルム |
先行技術1と2を組み合わせると、「AとBとCとDから構成されるフィルム」となる。
請求項1は「AとBとCとDから構成されるフィルム」を含むので、新規性無しとの判断は誤り。
新規性はクレームと1つの先行技術の対比で判断される。(先行技術の組み合わせを考慮するのは「進歩性」)
対比は以下の2つに分けて判断される。どちらのケースも新規性あり。
・請求項1と先行技術1⇨請求項1は先行技術1を含まない(請求項1の方が狭い)ので、新規性あり。
・請求項1と先行技術2⇨請求項1は先行技術2を含まない(請求項1の方が狭い)ので、新規性あり。
特殊な新規性判断その1(数値限定発明)
■ケース1
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aを20〜30質量%含むフィルム | Aを10〜60質量%含むフィルム |
【請求項1】の方が先行技術1よりも狭いので、【請求項1】は新規性有り。
■ケース2
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aの厚みが3〜30μmであるフィルム | Aの厚みが15〜25μmであるフィルム |
【請求項1】が先行技術1を完全に含むので、【請求項1】は新規性無し。
■ケース3
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aの厚みが3〜30μmであり、 Bの厚みが50〜60μmである、 フィルム |
Aの厚みが20〜25μmであり、 Bの厚みが10〜80μmである、 フィルム |
Aは請求項1の方が広いが、Bは請求項1の方が狭い。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むとは言えないので、請求項1は新規性有り。
■ケース4
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aの厚みが3〜30μmであり、 Bの厚みが25〜60μmである、 フィルム |
Aの厚みが20〜25μmであり、 Bの厚みが40〜50μmである、 フィルム |
AもBも請求項1の方が広い
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むので、請求項1は新規性無し。
■ケース5
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aの厚みが10〜30μmであるフィルム | Aの厚みが20〜40μmであるフィルム |
Aの数値が請求項1と先行技術1でオーバーラップしている。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むとは言えないので、請求項1は新規性有り。
特殊な新規性判断その2(選択発明)
■ケース1
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aを含むフィルムであり、Aがa1であるフィルム。 | Aを含むフィルムであり、Aとしては、例えば、a1、a2、a3、a4、a5、a6などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・【請求項1】の方が先行技術1よりも狭いので、【請求項1】は新規性有り。
■ケース2
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aを含むフィルムであり、Aがa1、a2、a3、a4の何れかであるフィルム。 | Aを含むフィルムであり、Aとしては、例えば、a1、a2などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・【請求項1】が先行技術1を完全に含むので、【請求項1】は新規性無し。
■ケース3
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
AとBを含むフィルムであり、 Aがa1、a2、a3、a4の何れかであり、 Bがb1、b2の何れかである、 フィルム。 |
AとB含むフィルムであり、 Aとしては、例えば、a1、a2などが挙げられる。 Bとしては、例えば、b1、b2、b3などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・Aに関しては【請求項1】が先行技術1を完全に含むが、
Bに関しては【請求項1】の方が先行技術1よりも狭い。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むとは言えないので、請求項1は新規性有り。
■ケース4
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
AとBを含むフィルムであり、 Aがa1、a2、a3、a4の何れかであり、 Bがb1、b2の何れかである、 フィルム。 |
AとB含むフィルムであり、 Aとしては、例えば、a1、a2などが挙げられる。 Bとしては、例えば、b1、b2、b3などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・Aに関しては【請求項1】が先行技術1を完全に含むが、
Bに関しては【請求項1】の方が先行技術1よりも狭い。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むとは言えないので、請求項1は新規性有り。
■ケース5
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
AとBを含むフィルムであり、 Aがa1、a2、a3、a4の何れかであり、 Bがb1、b2、b3の何れかである、 フィルム。 |
AとB含むフィルムであり、 Aとしては、例えば、a1、a2などが挙げられる。 Bとしては、例えば、b1、b2などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・AもBも【請求項1】が先行技術1を完全に含む。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むので、請求項1は新規性無し。
■ケース6
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 |
Aを含むフィルムであり、 Aがa1、a2、a3、a4の何れかである フィルム。 |
AとB含むフィルムであり、 Aとしては、例えば、a3、a4、a5などが挙げられる。 |
・数値限定と同様の考え方
・Aに関して【請求項1】と先行技術1がオーバーラップしている。
⇨請求項1が先行技術1を完全に含むとは言えないので、請求項1は新規性有り。
何が先行技術となるのか?(文字情報)
公衆が閲覧可能なありとあらゆるものが先行技術となる。
例えば、公衆が閲覧可能な
・特許文献
・インターネットのサイトに記載されている情報
・教科書
・論文
などが先行技術となる。
公衆が閲覧可能ではないものは先行文献にはならない。
例えば、
・社内のみ閲覧可能で、公衆が閲覧できない研究開発資料
・公表していない大学の研究室における研究開発成果
などは先行技術にはならない。
■よくある間違い
公衆が閲覧可能なありとあらゆるものが先行文献となる。
特許文献を先行技術としたとき、その特許文献のクレームのみが先行技術になるわけではない。
明細書本文や図面、実施例など全てが先行技術になる点に注意。
一方、審査の対象となっている特許出願については、その特許出願のクレームのみが審査対象である点に注意。
何が先行技術となるのか?(実物)
【請求項1】の内容 | 先行技術1の内容 | |
ケース1 | AとBを含むカメラ用部品 | 一般に販売されている携帯電話を分解したところ、AとBを含むカメラ用部品が搭載されていた。 しかし、AとBを含むカメラ用部品を記載して文献は公開されていないかった。 |
ケース2 | AとBを含むカメラ用部品 | 他人に情報を公開してはいけないとの約束で携帯電話を受領し、それを分解したところ、AとBを含むカメラ用部品が搭載されていた。 しかし、AとBを含むカメラ用部品を記載して文献は公開されていないかった。 |
ケース3 | AとBを含むカメラ用部品 | 学会でとある発表者から「AとBを含むカメラ用部品」を口頭で説明してもらった。この情報を他人に伝えることは禁止されていない。 AとBを含むカメラ用部品を記載して文献は公開されていない。 |
ケース4 | AとBを含むカメラ用部品 | 他社の研究開発者から他人に情報を公開してはいけないとの約束で「AとBを含むカメラ用部品」を口頭で説明してもらった。 AとBを含むカメラ用部品を記載して文献は公開されていない。 |
【問題】
上記の場合に、【請求項1】は新規性を有するか?
【前提】
・クレームが既知の公開情報(つまり、秘密にする義務のない情報)を含んで入れば新規性無し。
・公開情報は文字情報に限らず、実物から得られる情報や口頭による情報も含む。
【ケース1】
・実物から得られる情報も先行技術になる。
・携帯電話を分解した得られた「AとBを含むカメラ用部品」は公開情報に該当する。
⇨【請求項1】は新規性無しで厳密には特許権にはならない。
【ケース2】
・実物から得られる情報も先行技術になる。
・他人に情報を公開してはいけないと約束しており、「AとBを含むカメラ用部品」は公開情報に該当しない。
⇨【請求項1】は先行技術1からは新規性は否定されない。
【ケース3】
・口頭で得られる情報も先行技術になる。
・発表社による「AとBを含むカメラ用部品」の口頭説明も公開情報に該当する。
⇨【請求項1】は新規性無しで厳密には特許権にはならない。
【ケース4】
・口頭で得られる情報も先行技術になる。
・他人に情報を公開してはいけないと約束しており、「AとBを含むカメラ用部品」の口頭で説明は公開情報に該当しない。
⇨【請求項1】は先行技術1からは新規性は否定されない。
【ケース1と3の補足】
ケース1と3は実物から得られる情報、口頭情報から新規性無し、
しかし特許庁の審査官が実物を分析したり、口頭での説明内容を証明することは困難
⇨現実的には、実物情報や口頭情報から【請求項1】の新規性が否定されることはほぼ無い。
【ケース2と4補足】
ケース2と4の他人に情報を公開してはいけないとの約束は書面による契約であっても、口頭による契約であってもどちらでもよい。
ただし、口頭による約束はトラブルの元であるので、書面により契約することが望ましい。